山神果樹薬草園は、子どもが安心して遊べる農園になりたいと思っています。土遊びをしたり、その場でみかんをもいで食べたりすることができる農園です。有機農法、その次に自然農法と、一歩一歩段階を踏んで、さまざまな植物や昆虫など、生き物が住みやすい、生物多様性のある農園を目指しています。化学肥料と農薬を使用する一般的な農業を慣行農法といいます。有機農法は、化学的に合成された肥料および農薬を使用しないこと、遺伝子組み換え技術を利用しないことを基本として、農業生産に由来する環境への負荷をできる限り低減した方法で行なわれる農業のことです。肥料は有機のもの(家畜のフン、植物の堆肥)を使います。自然農法といわれるものもあります。これは、「農薬や化学肥料を一切使用せず、枯れ草や藁などで堆肥をつくって田畑に還元し、自然界の土壌と同じ生命力あふれる土をつくり出し、自然の仕組みを再現する」農業です。また、「不耕起(耕さない)、不除草(除草しない)、不堆肥(肥料を与えない)、無農薬(農薬を使用しない)」という考え方もあります。
山神果樹薬草園では除草剤を使いません。除草剤は植物の葉や根を弱らせるだけでなく、生物多様性を損ない、土壌微生物を減らしてしまいます。すると土が力を失い、耕しやすさや、水もちや水はけ、空気の通りやすさなど、物理性も悪くなってしまいます。現在は草刈りを行なっているのですが、その作業は時間も人手もかかる、大変ハードなものです。そこで計画しているのが草生栽培です。草生栽培は果樹園に下草を生やす管理法で、土壌が流れ出すのを防いだり、有機物を補給したり、草で草を抑えて繁殖を防いだり、作業をしやすくしたりするなどの特長があります。草生栽培が順調に進んだ後は、マメ科の植物も植えつける予定です。マメ科の植物の根には根粒菌(こんりゅうきん)が宿っていて、空中の窒素を土の中に固定します。窒素は植物の生育に欠かせない養分です。窒素肥料を施さなくても土を肥やすことができるようになります。このようにして有機農法の準備を整え、生物多様性のある農園をつくっていきます。そして、最終的には自然農法へと切り替えていきたいと考えています。
一般的に柑橘精油は圧搾法で抽出されます。圧搾法は果実を押しつぶして搾汁したあと、その圧搾果汁を遠心分離して精油を得る方法です。または、水蒸気蒸留で抽出される場合もあります。これは、蒸留釜の中で果皮に水蒸気を吹き込むか、果皮を浸した水を沸騰させることで、揮発した精油分と水分(フローラルウォーター)を分離・冷却してそれぞれを液体として得る方法です。圧搾法で得た精油は熱が加えられていないのでフレッシュな香りがしますが、果汁に触れる分、若干ではありますが精油の香りが変化します。水蒸気蒸留法では熱を加えますが、色素などの残留物が含まれないため、香りがクリアで、香水や化粧品分野で活用されています。
一方、私たちは、山神果樹薬草園をつくるにあたり、これまでにない製法で、柚子を丸ごと使い、際立った個性がある製品をつくりたいと考えました。そこで出向いたのが、イタリアのカラブリア州です。カラブリア州は柑橘類の一大産地で、精油の生産量が多いことでも知られています。そして目にしたのが、「ペラトリーチェ」という日本ではほとんど見かけない方式でした。金属製の爪で外皮だけを強く掻き取りながら、柑橘の表面のボコボコとした油胞をつぶして精油を搾り取ります。果汁と接触しないため、その果実特有のフレッシュな、純粋な香りのする精油を得ることができるのです。ただし、ペラトリーチェでは一度に膨大な原料柑橘を使います。山神果樹薬草園の規模には見合わないため、導入をあきらめかけていました。
しかし、「これまでにない製法で、これまでにない製品を」という目標を達成するためには、私たちにはどうしても、ペラトリーチェが必要でした。そこで、イタリアのメーカーに何度も何度も交渉しました。ここで受け入れてもらえなければ、山神果樹薬草園は終わってしまいます。1年8か月後、ようやく小規模の機械をつくってもらう承諾が得られました。小規模で独自のカスタマイズをしたペラトリーチェによる精油の抽出は、国内では希少です。私たちはこの抽出法に「丸ごと皮削り®製法」という名前をつけました。
独自の丸ごと皮削り®製法がすぐれているのは、和柑橘を外皮、果肉、内皮・袋・繊維質、種子に分けられることです。外皮からは精油を、果肉からは果汁を、内皮・袋・繊維質はリキュールやコーディアルに、種子からはエキスを、最終残渣は有機菌床堆肥にと、その特性に合わせて段階的に活用できます。
丸ごと皮削り®を経た果汁は、外皮由来の苦み成分(フラボノイドやリモノイド)をほとんど含まず、口当たりがすっきりしています。精油と果汁を分けて抽出することで、各々の付加価値が高まるのです。搾汁後の内皮・袋・繊維質はきび砂糖と酵母を混ぜ、自家発酵蒸留でアルコールにし、リキュールをつくっています。加えて、氷砂糖と漬け込んだあとに搾ってコーディアルもつくっています。さらに、種子のエキスには、肌の保湿性を高める作用があることを明らかにし、化粧品の原料にしています。
ここまで活用しても発生するのが最終残渣です。山神果樹薬草園ではこれを単に処分するのではなく、半熟堆肥化したシイタケ菌床と、荒れた林から伐り出した竹のパウダーを混ぜて発酵させ、有機菌床堆肥にしています。自家農園の土壌改良だけでなく、近隣の農家でも使われるようになりました。
山神果樹薬草園では、素材を丸ごと無駄なく、食べきり、飲みきり、使いきりながら、日々をすこやかに、豊かにする製品をつくり、お客様へとお届けする、里山を元気にする活動を続けていきたいと考えています。